アシッドジャズの新星🎷

ジャス、ジャス・ファンク,ハウスなどを取り入れて、誕生した『アシッドジャス』。

ジャイルス・ピーターソンやUs3などによって確立されたこのジャンルに新星が現れます。

バンド名は、『ジャミロクワイ』です。

ボーカルでリーダーの、ジェイ・ケイを中心にイギリスで結成(1992年)デビューしました。

バンド名は、アメリカのネイティブアメリカン”イコロイ族”から来てます。

1987年頃からドラムマシンのみのギミック曲で、最初期曲「Natural Energy」をほんの数枚プレスした1989年の時点で「バッファローマン(日本ではメディシンマンとも呼ばれた)」のロゴは存在し、既にジャミロクワイ構想があったことがうかがえます。

1991年、ケイがアシッドジャズ・レコーズに歌のテープを持ちこみ契約に至ります。

そして1993年に1作目のアルバム『ジャミロクワイ』(UKチャート1位)、続く1994年には2作目のアルバム『スペース・カウボーイの逆襲』(2位)をリリースします。

1996年に発売したサード・アルバム『トラベリング・ウィズアウト・ムービング〜ジャミロクワイと旅に出よう〜』(全英2位、全米24位)は全世界で700万枚、日本で140万枚を売り上げ、ジャズ・ファンク系バンドのアルバムとしては最大のヒット作となった。最も売れたファンクアルバムとしてのギネス記録、「ヴァーチャル・インサニティ」(全英3位)では米グラミー賞の最優秀ポップ・パフォーマンス賞デュオ/グループ賞を獲得しています。

1999年に4thアルバム『シンクロナイズド』(2位)が発売される。ハリウッド版ゴジラのサウンドトラックアルバムに含まれた『ディーパー・アンダーグラウンド』(シングルチャート1位)(1998年)の流れを汲み、ひずんだサウンドの打ち込みやシンセベースを用いる方向性を伺わせたアルバムとなった。また前作の大きな成功の後ゆえか、ベースのゼンダーが権利と立場の不満を表明しつつリリース直前で離脱してしまいます。

それまでレコード会社によるプロデュースを突っぱね自分のバンドを固持してきたケイだが、続く5thアルバム『ファンク・オデッセイ』(1位)ではソロアーティストとしてのジャミロクワイが模索され、DJディジリドゥのパート、アルバムのインストゥルメンタル曲がなくなった。クラブやホールで親しまれた生のアシッド・ジャズ・バンドサウンドとは異なる新しい電子的な音は、より大きなアリーナやスタジアムで観客を躍らせ、フューチャー・ファンク・サウンドのさきがけとなるものであったが、従来からのファンの間では当時、物議をかもします。

盛況のワールドツアーで精力的にライブ活動を行う中、2001年9月11日にライブのため滞在していたニューヨークで同時多発テロに遭遇。それが影響したのかどうか、2002年に家族との時間を持つためとトビー・スミスが脱退することになり、2005年に発売された6作目のアルバム『ダイナマイト』(全英3位)ではファーストアルバム時とは全て置き換わったバンドメンバーとのアルバム制作となります。

2006年に初のベストアルバム『ハイ・タイムズ:シングルズ 1992-2006』(1位)を発売。オリジナルアルバム6作、ライブDVD1作、そしてこの新曲2曲を含むベスト盤1作の計8作を数え、ソニーBMGとの契約が満了した。その後、ライブ活動はしつつも、ケイがヘリコプター操縦免許を取るなどの充電期間に。

2009年に、ユニバーサルミュージック傘下のマーキュリー・レーベルと契約を結び、2010年11月に7作目のアルバム『ロック・ダスト・ライト・スター(Rock Dust Light Star)』(7位)を発売。長期に及んだRock Dust Light Starツアーの後、ヴィンテージ・ロックテイストを取り入れた前作とは反転してエレクトロ・ファンク色を強めた8作目『オートマトン』(4位)が、2017年に発売されます。

現在でも,活躍の幅を広げています。

また,ジェイのアーティストとしてのファッションや奇行も話題となっています。



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