テクノのプロトタイプ

1970年は、アメリカ、イギリスでロックやポップスが隆盛を極めました。

しかし、それ以外の国でも、新たなバンドが生まれています。

特に、ドイツの『クラフトワーク』は、特集すべきバンドです。

バンド名は、ドイツ語で『発電所』を意味します。

クラフトロックの代表格であり、テクノの生みの親でもあります,メディアでは『エレクトリック・ダンス・ミュージック界のビートルズ』としょうされました。

1960年代、西ドイツで芸術アカデミーでクラシック音楽ん教えていたラルフ・ヒッターとフローリアン・シュナイダーが即興音楽クラスで出会い、前身となる『オガナイゼーション』を1970年に結成。

バンド名変更後、71年『クラフトワーク』、72年『クラフトワーク2』、73年『ラルフ&フローリアン』をリリースしますが、成功しませんでした。

そんなバンド中転機が訪れます。

74年『アウトバーン』が全英4位、全米5位と大ヒット。シングル『アウトバーン』が全英11位、全米25位とヒットを記録。

75年『放射線』(全米140位),77年「ヨーロッパ超特急』(全英49位、119位)とコンスタンスにリリースを行います。

しかし、1978年の『人間解体』(全米130位)は失敗に終わると、人気が失速。

ところが、81年の『コンピュータ・ワールド』が全英15位、全米72位と久々のヒットとなりました。

86年には、『エレクトリック・カフェ』が全英58位、全米156位と再びふさくのしだいがつづきます。

しなし、リミットアルバム『ザ・ミックス』が全英15位を記録し、久々のヒットを記録します。

2003年には,『ツール・ド・フランス』が全英21位を記録。

今も、一戦で活躍しています。



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