以前、ギャラガー兄妹のバンド『オアシス』がブリットポップの代表的なものと紹介しましたが、他にもというか、こちらこそ代表的なバンドともいえます。そのバンドの名は『ブラー』です。
1988年、当時ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジに在学していたデーモン・アルバーンが、ロンドンで『サーカス』という名のインディーズ・バンドを結成します。コルチェスーの市役所でコンピュータ・プログラマーとして働いていたデイヴ・ロウントゥリーも参加しましたが、程なくしてギタリストが脱退したことに伴い、デーモンの幼馴染のグレアム・コクソンが加入します。
グレアムの加入により、バンドの質は飛躍的に向上。その後、グレアムの大学の同級生であるアレックス・ジェームズが加入。4人編成となったバンドはサリンジャーの小説に因んで、『シーモア』に変更。1989年に、シーモアとして初のライブを行います。これを見ていたフード・レコードのA&R、アンディ・ロスから契約のオファーを受けます。ロスはバンド名であるシーモアから、改名を提案。1990年、バンド名を『ブラー』に改名します。
結成後すぐに『ザ・クランプス』の前座としてイギリスをツアーして新曲を試し、デビュー・シングル「シーズ・ソー・ハイ」(全英48位)をリリースし、メジャーデビューを果たします。91年には、『ザ・スミス』等のプロデュースでも知られるスティーブン・ストリートを起用して何とかして完成させたという2枚目のシングル「ゼアズ・ノー・アザー・ウェイ」(全英8位)がスマッシュヒットを記録すると、当時流行していたマンチェスター・サウンド、シューゲイザーなどの影響を受けた、トリッピーでサイケデリックなデビュー・アルバム『レジャー』(7位)をリリース。各音楽雑誌から、高評価を得ます。
1992年、シングル「ポップシーン」(全英32位)をリリースするも、売り上げは振るわずレコード会社との関係は悪化しました。また、グランジブーム真っ只中のアメリカでは、『イギリスのポップバンド』として誰にも興味を持たれない中、延々とドサ回りをされられた苦い経験から、デーモンは反動的に「英国的なもの」なものにこだわるようになりますが、レコード会社からは、グランジバンドへの路線変更を要求されます。
しかし、デーモンはやがてイギリス的なポップブームが訪れると説得。1993年、『ザ・ビートルズ』『ザ・キンクス』『XTC』などに続くイギリスのロックミュージックの伝統に則って作成された2作目『モダン・ライフ・イズ・ラビッシュ』(全英15位)をリリース。これが、ブリットポップの始まりとなります。シングル「フォー・トゥモロウ」(全英28位)、「クリミナル・ワールド」(全英28位)、「サンディ・サンディ」(全英26位)がヒット。
1994年、先行シングル『ガールズ&ボーイズ』(全英5位)をリリース、大ヒットを記録し、ブリット・ポップの金字塔と評される3作目『パークライフ』をリリース。これが、初の全英1位を獲得。「トー・ジ・エンド」(全英16位)「パークライフ」(全英10位)「エンド・オブ・ア・センチュリー」(全英19位)のヒットを記録。アルバムも90週にに渡り、アルバムチャート40位内に居座り続けます。これにより、翌95年のブリットアウォードで賞を総なめにします。
1995年、2作目から続いた3部作の完結編となる『ザ・グレイト・エスケープ』(全英1位)をリリース。シングル「カントリーハウス」(全英1位)が共に大ヒットを記録。シングル「ザ・ユニバース」(全英5位)、「ステレオタイプ」(全英7位)、「チャームレス・マン」(全英5位)と全てのシングルが大ヒット。しかしこの頃から、同じイギリスのバンド『オアシス』との確執が浮上。中流階級の『ブラー』、労働者階級の『オアシス』。階級にうるさいイギリスにおいて、このバンド間の争いは『ブリットポップ盟主戦争』と呼ばれますが、オアシスのアルバム『モーニング・グローリー』がアメリカで4位まで上昇し、全世界で、2000万枚を超えるモンスター・アルバムになり、ブラーの『ザ・グレイト・エスケープ』は評論家から過小評価されてしまいます。
1997年、『ブラー』(全英1位)をリリース。シングル「ビートルバム」(全英1位)をリリースし、デーモンが『ブリットポップは、死んだ』発言によって、ブリットポップブームは終焉を迎えます。ここから、「ソング2」(全英2位)が全米でもヒットし、アメリカでも徐々に成功していきます。
1999年、『13』(全英1位)をリリース。シングル「テンダー」(全英2位)がヒット。他にも「コーヒー&TV」(全英11位)、「ノー・ディスタンス・ライフ・トゥ・ラン」(全英14位)がヒット。
2000年、ファン投票から選ばれた曲を収録したベスト盤『ザ・ベスト・オブ』(全英3位)リリース。アルバムから、シングル「ミュージック・イズ・マイ・レーダー」(全英10位)がヒット。
2001年、アルバム『シンク・タンク』(全英1位)をリリース。シングル「アウト・オブ・タイム」(全英5位)がヒット。アルバムもワールドミュージックを意識した曲調を中心とした作品となりました。しかし、デーモンがプロデューサーとして招いたノーマン・クック(ファットボーイ・スリム)に対して、グレアムが不快感を表し、デーモンとグレアムとの間に音楽の方向性にずれが生じ、グレアムが脱退を表明。
2004年、新アルバム作成を開始するも、グレアムの抜けたバンドは自然消滅的に、バンドは活動を休止。各自、ソロ活動を始めます。
2015年、12年ぶりとなる新作アルバム『ザ・マジック・ウィップ』(全英1位)をリリース。『パークライフ』以来6作品連続で1位を獲得します。
現在も、精力的に活動を続けています。

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