『レッド・ツェッペリン』『ディープ・パープル』『ブラック・サバス』と「ハード・ロック/ヘヴィ・メタル」バンド隆盛が極めていましたが、もう一つバンドがいました。『ユーライア・ヒープ』です。
1960年代中頃、ミック・ボックス(ギター)が結成していた「ストーカーズ」にデヴィッド・バイロン(ボーカル)が加入。
1967年、ストーカーズが解散し、ミック・ボックスとデヴィッド・バイロンの二人は「スパイス」を結成。途中ポール・ニュートン(ベース)、アレックス・ネピアー(ドラムス)を迎え、活動を行います。
1969年末、スパイスを改名して新たに『ユーライア・ヒープ』として発足し、後にケン・ヘンズリーが加入。諸事情により翌1970年初頭までスパイス名義で活動し、同3月から新生グループとして本格始動する。途中ドラマーをナイジェル・オルソンに変更するも、デビューアルバム『ユーライア・ヒープ・ファースト』(全米186位)リリース。短期間だけツアーに参加したナイジェル・オルソンに変わり、キース・ベイカーがドラムを務めます。
1971年、シンフォニックな2ndアルバム『ソルズベリーヒル』(全米103位)リリース。同年ドラマーをイアン・クラークに交替させ、ブロンズ・レコードから歴代の代表作となる3rdアルバム『対自核』(全英39位、全米93位)リリース。
1972年、ドラマーにリー・カースレイク、ベーシストにマーク・クラークを迎える。ツアーから参加したクラークはわずか3ヶ月在籍しただけで次作の制作レコーディング中に脱退。後任ベーシストにニュージーランド出身のゲイリー・セインを加入して、ロジャー・ディーンをアート・ワークに起用したアルバム『悪魔と魔法使い』(全英20位、全米23位)リリース。同アルバムからは「安息の日々」が日本でスマッシュ・ヒットした。続いて、同傾向のアルバム『魔の饗宴』(全英28位、全米31位)リリース。こちらもアート・ワークをロジャー・ディーンが担当。
そして、この辺りから、ツェッペリン、パープル、サバスと共に「4大ハード・ロックバンド」と呼ばれるようになります。
1973年、日本武道館を含む初来日公演を行う(5公演)。同年、アルバム『スイート・フリーダム』(全英18位、全米33位)リリース。
1974年、初期ヒープらしさを持った最後のアルバム『夢幻劇』(全英23位、全米38位)リリース。ゲイリー・セインはコンサート中に感電事故に遭い重傷を負います。グループに復帰はするものの薬物中毒から脱却することができずにグループはセインを解雇。
1974年、キング・クリムゾンのジョン・ウィットンが、レコーディングにベーシスト兼ボーカルとして加入し、1975年にアルバム『幻想への回帰』(全英7位、全米85位)リリース。同年、ゲイリー・セインがヘロインの過剰摂取でにより死亡(27歳没)。
1977年に、新ボーカリストにジョン・ロートン、新ベーシストにトレヴァー・ボルダーを迎え、『ファイアフライ』(全米166位)リリース。1978年、ハード・ポップ色を色濃くしたアルバム『罪なきいけにえ』発表、また、アルバム『堕ちた天使』を発表。1979年に「Five Miles」セッションでアルバム1枚分のマテリアルを残すものの、リー・カースレイクとジョン・ロートンが脱退し、幻のアルバムと化します。
その後、メンバーチェンジを繰り返しながら、1991年、スタジオ・アルバム『ディファレント・ワールド』発表。18年ぶりの来日公演を行います。1995年、のスタジオ・アルバム『シー・オブ・ライト』リリース。23年ぶりにロジャー・ディーンがアートワークを手がけ、音楽的にも初期の作風に回帰した作品と評されています。バーニー・ショウが喉の手術を行ったため、一部ツアーでは代役として、ジョン・ロートンが参加。
2018年、25thアルバム『桃源郷』(全英57位)リリース。
現在でも、現役で活動中です。

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ヒープのLookAtYourself(対自核ー>この日本タイトルもすばらしいと思います)は当時でもレベルが高い作品でした。タイトル曲、JulyMorningなど、名曲です。来日の前にジャカルタでLiveをやったようで、80年代は、同じくLiveをやったPurple同様人気が高かったです。Dバイロン声がよかっただけにおしまれますね、あと幻想への回帰(ReturnToFantasy)はウエットンの貢献大きく名盤です。
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