1990年代前半は、グランジ(アメリカ)、マンチェスター・サウンド(イギリス)などが、ブームであり、シンガーソングライターは、下火でした。そこに、ひとりのアーティストが現れます。『ジェフ・バックリィ』がです。
父親は1960年に活躍していた歌手、ティム・バックリィ。8歳の頃に一度だけ会って以降は、麻薬の過剰摂取によるティムの死去まで会うことは無かったと言われています。母親は、マリー・グーバート。誕生時、ジェフリー・スコット・バックリィと名付けられたが、後に母親がロン・ムーアヘッドと再婚し(この結婚生活は、2年間しか続かなかった)、スコッティ・ムーアヘッドとして育てられます。父親の死後、バックリィ姓を継ぐことを決め、更に元々ミドルネームであった『スコット』から本来の『ジェフ』を名乗るようになり、『ジェフ・バックリィ』となります。
母親がピアニスト兼チェリストであったため、「音楽的には非常に恵まれた環境にあった」とバックリィは述懐しています。初めて買ったアルバムはレッド・ツェッペリンの『フィジカル・グラフィティ』で、キッスなども幼少の頃のお気に入りでした。高校に入る頃には、プログレッシブ・ロックやジャス、フュージョンを愛好する様になり、高校ではジャスバンドに所属していました。
高校卒業後、ハリウッドに移住し、音楽学校『ミュージシャンズ・インスティテュート(MI)』に入学。1年の課程を修了。その後、バックリィはホテルで働きながら、様々なバンドでプレイすることとなるものの、芽は出ず、また後に知られることになる美声も、このときの彼にはせいぜいがコーラス位しか歌う機会がなく、認知されることはありませんでした。
1990年にチャンスを求めてニューヨーク入りするも、思ったほどの機会は与えられず、その年のうちにロサンゼルスへと帰ってきます。帰省後、彼はレコード会社に自分を直接売り込むため、父親の元マネージャーに連絡を取り、デモテープを作成。『バビロン・ダンジョン・セッションズ』と名づけられた彼の初めてのデモテープは、当初脚光を浴びることはありませんでした。
その後、ニューヨークのティム・バックリィのトリビュート・コンサートに「ティム・バックリィの息子」としてコンサートに出演。その日のコンサートは、彼のキャリアにとって大きな一歩となります。結果として、彼に成功するきっかけを与えたのが、幼少の頃一度会っただけの、葬式にも出席しなかった父親であったことは大いなる皮肉でした。
後にバックリィは、クラブなどでライブ活動を展開、徐々にその名を浸透させていきます。1992年、ついにコロンビア・レコードと契約。当時、ライブ活動の拠点としていたニューヨークのイースト・ヴィレッジにあるクラブ「Sin-é」での弾き語り演奏を収録した『Live at Sin-é』を1993年に発表します。
1993年の夏から『グレース』の製作を開始、1994年に『グレース』(全米149位、全英31位)発表となります。当初の売れ行きはさほど芳しくはなかったが、ジミー・ペイジやロバート・プラント、エルトン・ジョンなど各界著名人から高評価を受け、その後押しを受けてセールスも伸びていきます。
1995年には、来日公演を行いました。その美しい歌声から「天使の歌声」と称され、また類いまれなギターの演奏テクニックから、メディアの注目を集めるようになります。
1997年夜にミシシッピ川で泳いでいた際に溺死。彼は友人とリブとビールの食事をした後、ドライブに出かけブーツを履いた状態で川に入りレッド・ツェッペリンの「Whole Lotta Love」を歌いながら泳いでいたが、同行者が目を離した瞬間に姿が消えました。地元警察らによって捜索活動が行われたが発見できず、5日後に地元住民が遺体を発見されます。当時、セカンド・アルバムの製作中でした。
溺れた当時は酒を飲んではいたが、ドラッグを使用した形跡や遺書等は無く、事故死であろうとされており、遺体は、5日後に発見されます。
後に、彼が双極性障害(躁鬱病)を患っていたことを親しい者に洩らしていたことがわかり、自殺説も囁かれたが、普段のジェフ・バックリィは物真似や冗談を言い、漫画のようなユーモラスなキャラクターになり切ることがありました。ブーツを履いたまま川に飛び込んで「Whole Lotta Love」を歌いながら泳ぐという突飛な行動は普段の彼にとって特別珍しいものではなかったといいます。
スタジオ・アルバムは1作だけだが、死後に製作途中だったアルバムの楽曲や未発表曲、ライブ音源などが現在も発表されています。2007年にシングルカットされた「ハレルヤ」が全英シングルチャートで2位を獲得しました。
亡くなった年は、27歳。奇しくも、グランジの帝王『ニルヴァーナ』のカート・コーバーンと同じ年齢での死でした。1998年リリースの、2作目(コンピレーション・アルバム)『素猫』が全英7位、全米64位を記録。現在も彼は、伝説として語り継がれています。

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