1970年後半に、起きたAOR(アダルト・オリエンテッド・ロック、もしくはアルバム・オリエンテッド・ロック)は、80年代中旬まで流行りましたが、その中でも1番成功したのは、『ボズ・スキャッグス』でしょう。
1944年にアメリカ合衆国オハイオ州カントンで生まれます。少年時代をオクラホマ州やテキサス州で過ごします。12歳のときにギターを始め、セント・マークス・スクールでスティーヴ・ミラーと出会います。彼にギターを習いながらヴォーカリストとしてバンド活動を始めます。2人は共にウィスコンシン大学に進み、大学時代もブルース・バンドを組みました。
1960年代前半、白人によるリズム&ブルースが盛んだったイギリスのロンドンへ渡ります。いくつかのバンドでプレイした後、ソロとしてヨーロッパを遠征中スウェーデンのポリドール・レコードの目にとまり、1965年にデビュー作『ボズ』を発表しました。
帰国後、サンフランシスコを拠点に活動し、スティーヴ・ミラー・バンドのファースト・アルバム『未来の子供達』(1968)とセカンド・アルバム『セイラー』にギタリストとして参加。いずれの作品でも、一部の曲ではリード・ボーカルも兼任しました。セカンド・アルバムはアルバム・チャートで24位まで上昇するヒット作となりました。これで評価を得たボズは、1969年にアトランティック・レコードからルーツ・ミュージック志向のアルバムを発表したが、しばらくはセールスに恵まれませんでした。
ルーツ・ミュージック色が濃い音楽を発表し続けていたボズだったが、1976年、ソウル、クロスオーバー志向で洗練されたサウンドの『シルク・ディグリーズ』を発表し、これが全米2位(全英20位)を記録し、500万枚以上を売り上げました。アルバムからも「ロウ・ダウン」(全米第3位)、AOR曲「ウィ・アー・オール・アローン」のヒットが生まれた(このアルバムに参加したセッション・ミュージシャンたちは、後にTOTOを結成)。次作の『ダウン・トゥー・ゼン・レフト』(全米11位、全英55位)からはブルーアイド・ソウルの曲「ハード・タイムズ」(全米58位)「ハリウッド」(全米49位)がヒット。「ハード・タイムズ」は日本での最初のヒットとなりました。80年の『ミドル・マン』(全米8位、全英52位)収録曲では「ジョジョ」(全米17位)「シモン」が話題になりました。同年、再びブルーアイド・ソウルの「ミス・サン」(全米14位)がアメリカ、日本ともにヒットしています、
その後、しばらくリリースが途絶えていたが、1988年発表のアルバム『アザー・ロード』(全米47位)の収録曲「Heart of Mine」(全米35位)が、そのミュージック・ビデオの効果もあり、翌1989年に大ヒット、カムバックを果たしました。『アザー・ロード』は日本ではオリコン洋楽チャートで1988年5月30日付から通算3週1位を獲得しました。
2003年の『バット・ビューティフル』((全米167位)以降はジャズ・スタンダードに傾倒を始め、ジャズ・セットでのツアーも行っています。
2013年、スティーヴ・ジョーダンをプロデューサーに迎え、メンフィスのロイヤル・スタジオで録音したアルバム『メンフィス』を429レコードよりリリース。全米初登場17位を記録しました。

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