『デビッド・ボウイ』を男性の『グラム・ロック』アーティストとしたら、女性はやはり、『スージー・クワトロ』でしょう。
1950年、ミュージシャンだった父アート・クアトロッチオはイタリア系であり、母ヘレン・レベルはハンガリー系でした。8歳の頃、父親が率いるグループ『アート・クアトロ・トリオ』に参加。1964年からキャリアを本格スタートし、スージー・ソウルの芸名で姉パティらとガールズバンド『プレジャー・シーカーズ』を結成(後にアーリーン、ナンシーの二人の姉も加入)。地元デトロイトを拠点に、MC5やジェファーソン・エアプレインらとアメリカ各地をツアーで回ります。この頃にまだ駆け出しのテッド・ニュージェントやボブ・シーガーといった、同郷のロックミュージシャンとも交流を深めていきます。
1969年に『クレイドル』と改名し、ベトナムなど海外ツアーも行いました。1970年にデトロイトで歌っている際、ジェフ・ベックのモータウン・スタジオでのレコーディングのために同地に来ていた音楽プロデューサーのミッキー・モストによって高い評価を受け、1971年末にモストを頼ってイギリスに渡りました。
1972年、モスト自身のレーベル・RAKレコードから、ソロ名義のファースト・シングル「Rolling Stone」を発表。フォークソング調の曲で、ポルトガルではチャート1位となったが、他国ではさほど売れませんでした。
1973年に入ってからハードロック路線へのイメージチェンジのため、作曲チームにニッキー・チンとマイク・チャップマンを迎え、芸名も『Suzie Quatro』から『Suzi Quatro』に変えました。セカンドシングルの「キャン・ザ・キャン」は、全英を含むヨーロッパ及びオーストラリアで1位を記録しました。続いてリリースされた「48クラッシュ」(1973年、全英3位)、「デイトナ・デモン」(1973年、全英14位)も大ヒットし、この年のイギリスBest Selling Artist/Female/Singleにて第1位となりました。
1974年にも「悪魔とドライブ」(全英1位)、「トゥ・ビッグ」(全英14位)、「ワイルド・ワン」(全英7位)が英国で大ヒットしました。彼女のファースト及びセカンド・アルバム『クワトロ』は、ヨーロッパとオーストラリアで大成功を収めました。日本でも1970年代の終わりまで大きく支持され、1974年から1978年まで5年連続で日本公演を行われました。1977年には、大都市だけではなく中都市も回る大規模な日本ツアーを成功させ、関連したライブアルバムも発表しています。
しかしながら母国のアメリカにおいては、1970年代中頃にアリス・クーパーと共にツアーを行うなどの努力をしたにもかかわらず、それほどヒットしませんでした。1975年以降、彼女のヘビーで妖しい魅力を伴ったスタイルは受け入れられなくなっていき、人気は1978年まで好転しませんでした。同年に「涙のヤング・ラヴ」がリリースされると、同作は全英とオーストラリアでトップ10ヒットを記録。アメリカでは引き続いて成功はしなかったが、1979年にスモーキー のクリス・ノーマンと共に「メロウな二人」をRSOレコードからリリースすると、同作は全米4位とアメリカで初の大ヒットを記録。しかしこの成功は短期間のものでした。彼女の最後の(オーストラリアでのみの)ヒットは1981年前半にリリースされた「ロック・ハード」(全英68位)でした。
1980年代に入ると女優業にも本格進出し、主にテレビドラマやミュージカルの分野で活躍した。1986年、『アニーよ銃をとれ』ロンドン公演でアニー・オークレイ役を演じました。
1987年、日本のロックバンドBOØWYのシングル曲「Marionette」のB面曲として「THE WILD ONE」を、BOØWYのボーカリスト氷室京介とデュエットしたバージョンを発表。これは同時にレコーディングしたものではなく、日本で録音したオケをイギリスに送りクアトロに歌わせ、その後日本に送り返しミキシングするという手法で制作した。
その後は音楽活動を縮小していたが、BBCのラジオパーソナリティに就いた2000年代からまた活発化した。2006年、約10年ぶりのアルバム『Back To The Drive』を、『スウィート』のギタリスト・アンディー・スコットのプロデュースでリリース。アルバムのタイトル・トラックは、往年のパートナーだったマイク・チャップマンが提供した。
2009年、BBCが選ぶ『Queens of British Pop』12人のうちのひとりに選出されました。
2010年 – 2011年、かつて姉たちと共に率いていたプレジャー・シーカーズやクレイドルのコンピレーションをリリース。
2012年4月、ウクライナ・キエフの空港で転び右膝と左手首を骨折しました。
2014年、音楽活動50周年を記念したボックスセット『The Girl from Detroit City』をリリース。同年と翌2015年に、20年ぶりの日本公演を開催。
2016年、長年の音楽に対する貢献を讃えられ、アングリア・ラスキン大学より名誉博士号を授与された。
2017年、アンディ・スコット(スウィート)、ドン・パウエル(スレイド)の元グラムロックプレイヤーと共作したアルバムを発表。
2019年、8年ぶりのソロアルバム『永劫の女王』をリリースされました。
女性版『デビッド・ボウイ』の枠を超えてますね。現在も現役で活躍中です。

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