ロックに、アート・ロック、ブギーが合わさり、奇抜なファッションで、一世を風靡したい『グラム・ロック』。そんな『グラム・ロック』にある一つのバンドがいました。『T.レックス』です。
1967年、、アコースティック・ギターとヴォーカルのマーク・ボラン、パーカッションのスティーヴ・トゥックの二人組でティラノザウルス・レックスを結成し、翌68年にデビュー。サイケデリックなフォーク・ロック・グループとして一部でカルト的な人気を誇ります。
この時期の彼らを熱心に応援していたのが、DJのジョン・ピールだった。グループはデビューアルバム『ティラノザウルス・レックス登場!!』をリリースし、全英15位を記録。その後、新しいパートナーにミッキー・フィンを迎え、エレクトリック・ギターを導入したのは1970年でした。
同年末に、「T.Rex」とバンド名を短縮、「ライド・ア・ホワイト・スワン」(全英2位)の大ヒットでスターダムに。1971年にベースのスティーヴ・カーリーとドラムのビル・レジェンドが加わり、4人組のバンドになって初めてのアルバム『電気の武者』がUKチャート1位の大ヒット。「(バング・ア・ゴング)ゲット・イット・オン」(全英1位・全米10位)や「ジープスター」(全英2位)といったヒット・シングルも生まれ、イギリスでは人気グラム・ロックグループとなります。
また、この当時の彼らは「第2のビートルズ」との呼び声も高かった。デビュー当初からのプロデューサーであり、ストリングスを大胆に用いた独特のサウンドを構築したトニー・ヴィスコンティも、彼らの成功に伴って制作者としての評価を高めました。
1972年『ザ・スライダー』(全英4位・全米17位)、1973年には『タンクス』(全英4位)と次々にヒットアルバムを出す。さらにシングル「メタル・グゥルー」(全英1位)「チルドレン・オブ・ザ・レボリューション」(全英2位)、「イージー・アクション」(全英2位)など、数多くの大ヒットを連発していった。日本でも武道館公演を行なうほどの人気で、1973年にリリースされたシングル、「20センチュリー・ボーイズ」(全英3位)は当時の日本盤の発売元、東芝EMIのスタジオでレコーディングされました。さらに「ザ・グルーバー」「トラック・オン」「ライト・オブ・ラブ」「ティーンエイジ・ドリーム」なども発表した。しかし、アメリカでヒットしたのは「ゲット・イット・オン」1曲だけで、大きな成功をおさめることができませんでした。1975年に入るとグラムロックブームが終わり、急速に人気はしぼんでいきました。人気急落後のマーク・ボランは、自身の麻薬中毒ともあいまって、危機的な状況を迎えこととなります。この時期の楽曲はブラック・ミュージック色を取り入れたもので、現在ではそれなりに評価されているが、不摂生の祟ったマークは太ってしまい、ビジュアル面でも精彩を欠きます。だがやがて、息子の誕生などを機に、生活を改め、バンド・メンバーも一新、ソウル・ミュージックにも興味を示して再起を目指してます。
黒人女性シンガーのグロリア・ジョーンズとは、1969年に最初に出会い、1972年に再会し、恋愛関係になりました。マークが恋人だったジューン・チャイルドと1970年に既に結婚していたために、グロリアとは婚姻届なしの事実婚となります。1975年に二人の間には男の子も誕生します。しかし、1977年にグロリア・ジョーンズが運転する車が街路樹に激突し、同乗していた彼は29歳で死去。生前、「30歳まで生きられないだろう」と言っており、偶然だが30歳の誕生日の2週間前に死去でした。
バンド名がT.Rexとなってからは、殆どマークのソロプロジェクト状態だったが、後年はそれがより鮮明になっていた(アルバム『ズィンク・アロイと朝焼けの仮面ライダー』などはマーク・ボラン&T.Rex名義でリリースされている)。そのため、彼の死でT.Rexは活動を休止。その後1980年にスティーヴ・トゥック、1981年にスティーブ・カーリー、2003年にはミッキー・フィンがこの世を去っており、全盛期のメンバーではドラムのビル・レジェンドのみが存命です。
2020年、『ロックの殿堂』入りを果たします。該当メンバーは、マーク・ボラン(Vo/G)、スティーヴ・カーリー(B)、ミッキー・フィン(パーカッション)、ビル・レジェンド(Ds)の4人。日本でも、映画『20世紀少年』に「20センチュリー・ボーイズ」が主題歌として、話題を呼びました。現在でも、大きな影響を与えています。

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