不明 のアバター

crc1825 について

音楽、エンタメの投稿をします。 興味のある方は,是非ともご覧下さい^_^

日本のロックのパイオニア‼️

引用

前回『ザ・スパイダース』を日本語ロックの改組とお話ししました。

しかし,実際は”日本語ロック“と正確に認識されたのは、『キャロル』、『ダウンタウン・ブギウギ・バンド』、『サディステック・ミカ・バンド』などがいました。

中でも、『はっぴいえんど』はカリスマ的存在でした。

メンバーは、細野晴臣(ベース)、大瀧詠一(ギター)、松本隆(ドラム)、鈴木茂(ギター)の4人です。

まず、1969年に細野が『エイプリルフール』を結成。その後,1970年バンド名を『はっぴいえんど』と改名し、残りの3人と結成。

同年、デビューアルバム『はっぴいえんど』(通称:ゆでめん)発表。

大きなヒットとはなりませんでしたが,注目は集めます。

シングル『12月の雨の日』リリース。

翌71年には,高田渡のアルバムのレコーディングに参加。

同年に、2作目『風街ろまん』をリリースし、これが日本語アルバムの金字塔となります。

シングル『はいからくち』リリース。

1973年には、3作目『HAPPY END』をリリースします。

しかし,この時点でメンバー間の音楽の方向性の違いが露わとなり、解散。

細野はその後、坂本龍一、高橋幸宏と共に『イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)』を結成し、1980年代に大ブレイク。

大瀧詠一と松本隆は、ソングライターとして、松田聖子,森進一などの曲に関わりヒット。

鈴木茂は、1975年に海外アーティストを招きアルバム『BAND WAGON』を発表。

それぞれ、成功したそれ以降も日本の音楽界に影響を与えています。



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オーストラリアのビートルズ‼️

引用

1960年代といえば、やはり『ザ・ビートルズ』が代表的でしたが、アメリカでも『ザ・モンキース』、カナダの『リトル・シーザー・アンド・ザ・コンスルズ』など影響を受けたバンドがいました。

オーストラリアにもそのようなバンドがいました。

バンドの名は、『ザ・イージービーツ』。

1964年に、リーダーのジョージ・ヤングを中心に結成。

1965年に、2ndシングル『シーズ・ソー・ファイン』が大ヒット(オーストラリアシングルチャート3位)。

『オーストラリアのビートルズ』と呼ばれるほどの人気となります。

同年、『ウェディング・リング』が6位まで上昇。

アルバムとしても『イージー』が、アルバムチャートで4位を記録。

翌年には,『イッツ・2・イージー』が3位にランクイン。

着実に人気を国内に広めていきます。

1966年にシングル『ソーリー』で初の1位を獲得。

同年には、『フライデイ・オン・マイ・マインド』で全豪1位、全英6位、全米16位を記録し、世界的なバンドへと成長します。

67年には、シングル『ヘブン&ヘル』が8位を記録しますが、その後人気は低迷してしまいます。

1970年解散後、ジョージ・ヤングは数年後弟のアンガスとマルコムと、ハードロックバンド『AC/DC』を結成。

自らは、プロデューサーとしてバンドを支え、1980年の世界一売れたハードロックアルバム『バック・イン・ブラック』(全英1位、全豪1位、全米9位)に貢献しました。

AC/DCは今なおも、高い人気を誇っています。

それもこれも、イージービーツの存在ありきです。



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フォークミュージックとニューミージック禍に生まれたシンガー

引用

1970年代は、日本では反戦運動や安保理反対運動などがあり、学生と警察の衝突は頻繁でした。

若者たちは、それをフォークミュージックに託しており、かぐや姫、岡林信康、グレープ、風などがヒット曲が生みました。

そんな中、70年代後半に、ニューミージックをプラスしたアーティストが現れます。

彼の名は、松山千春。

北海道足寄町出身の彼は、上京後デビューシングル『旅立ち』を発表。

当初は、小ヒットに終わります。

その後も、『銀の雨』『風ぐるま』『良生ちゃんとポプラ並木』などを発表します。

そんな中、彼の転機となったのが1978年の『季節の中で』が、チョコレートのCMソングに起用された大ヒット(オリコン1位)。

その後は,『窓』(5位)、『夜明け』(5位)、『恋』(6位)とヒットを連発。

過去の作品も、リバイバルヒットしました。

1980年3月3日、清須邦義加川良と共にNEWSレコードを設立。

その後、ヒット曲に恵まれない時期が長くありましたが、1996年ドラマ『みにくいアヒルの子』主題歌『君を忘れない』が、オリコンで14位まで上昇。

音楽番組で、はに着せぬコメントで再び注目を集めました。

特に有名なのが、ベストアルバム『起承転結』シリーズはからを象徴するものとなっています。

現在も、各地でコンサートを行い、コミカルかつユニークなトークで、ファンの心を掴んでいます。



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全盛期は凄かった‼️‼️‼️

引用

1990年代から、ジワリジワリと日本の音楽業界は、派手さのある音楽が収束していきました。

代わりに、『米米CLUE』、『ZARD』、『B’z』などが台頭。

少しづつではありますが、シンプルかつポップな曲が流行り始めます。

そんな中、1992年にデビューしたバンドがいました。

それが、ミスチルこと『Mr.Children』です。

ボーカルの桜井和寿の甘いマスクと歌声に、キャッチーなフレイズの曲調で、デビュー当時からファンがいました。

同年、ミニアルバム『EVERYTHING』でデビューすると、シングル『CROSS RORD』がロングヒット、オリコンシングルチャート6位となり、ミリオンセラーとなります。

94年には、『innocent world』初のチャート1位を獲得。

日本レコード大賞を受賞。翌95年には『Tomorrow never knows』が前作を超えるビッグヒットとなり、276万枚を売り上げるバンド最大のヒットとなり、1位を獲得。

その後、ベスト盤二枚を発売し、いずれもミリオンセールを記録。

ドラマやCMとのタイアップなどでもヒットを連発。

その傍で、桜井はチャリティーバンド『ap Bank』を結成。

毎年、大物アーティストとコラボを実現させ、今でも第一線で活躍。

日本を代表するバンドです。



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