ウェストコーストロックの英雄

1970年代から、アメリカで隆盛を極めたのが、カルフォルニア西海岸で誕生した『ウェストコーストロック』です。

クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(CCR)、初期のザ・ドゥービー・ブラザーズ、ジェファーソン・エアプレイン、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングなど色々なグループがいましたが、中でも世界的に成功したのが、イーグルスでした。

リンダ・ロンシュタットのバックバンド編成のためにミュージシャンが集められた機会であり、それがドン・ヘンリー(ドラムス)、グレン・フライ(ギター)。ランディ・マイズナー(ベース)、バーニー・レドン(ギター)でした。

バンド名を、イーグルスとして1971年にデビュー。シンガー・ソング・ライターのジャクソン・ブラウンとの共作で、72年リリースのデビューシングル『テイク・イット・イージー』が全米12位のいきなりのヒットし、続く「魔女のささやき」もヒットします。アルバム『イーグルス・ファースト』も全米22位とヒット。当時は、カントリー・ロック色が強かったそうです。

2枚目『ならず者』はコンセプト・アルバムで、基本的にはファースト・アルバムと同様のサウンド構成に留まり、バーニー・レドンのカラーが強いブルー・グラス的な楽曲と、ロック的な要素の曲が共存しているものの、その音楽的成熟度としては格段の向上を見せた。タイトル曲の哀愁を帯びたバラード『ならず者』は、後にリンダ・ロンシュタットやカーペンタズにカバーされる名曲となり、アルバムも全米41位となります。

元々の音楽的ルーツとしてカントリー・ロック志向が強い4人であったため、前作のレコーディングとプロモーションにはかなりの労力が注がれたが、セールス的には失敗といえる有様であった。そのため、3枚目の『オン・ザ・ボーダー』が全米17位となるヒットとなり、シングル『我が愛の至上』が初の全米1位となり、一躍人気バンドへと成長します。

1975年、大ヒット・アルバム『呪われた夜』が初の全米1位となり、同タイトル曲も全米1位となります。これにより、グラミー賞を受賞します。アルバム的には、AORやファンク、ダンス・ミュージックを取り入れていました。

それまでバンドの音楽的支柱のひとつであったレドンに代わるギタリストを探すのは難航したが、その間に初のベスト盤『グレイテスト・ヒッツ1971-1975』が全米1位を獲得。このアルバムは全米だけでも3,800万枚以上の売り上げを記録し全米史上最も売れたアルバムとなり、3800万枚売り上げます。

そして,76年に『ホテル・カルフォルニア』をリリース。全米1位を獲得。同タイトル曲も全米1位となり、再びグラミー賞を受賞し、バンドの代表作となります。

しかし、このあたりからバンド間での音楽の方向性が浮上じ、1979年の『ロング・ラン』が全米1位を獲得するも、前2作の売上には及ばず、最終的にバンドは解散します。

その後は、ソロ活動を個々に開始。特に、ドン・ヘンリーは、1984年のアルバム『ビルディング・ザ・パーフェクト・ビースト』が大ヒットを記録。シングル『ボーイズ・オブ・サマー』は、全米5位を獲得し,グラミー賞を受賞。

1990年代には、MTVアンプラグドで再結成。

2007年には、久々の新作『ロング・ロード・アウト・オブ・エデン』が全米1衣を獲得し、1000万枚を売り上げました。

現在でも、ライブを中心に活動しています。正に、レジェンドです。



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