日本のペルソナ

ハードロック/ヘヴィーメタルには、いろいろなバンドがいるが、日本には異質なバンドがいる。

それは、『聖飢魔II』である。

人間の体を借りた、“悪魔”を自称するデーモン木暮閣下を筆頭に、メンバーの変遷が激しいバンドである。

1982年に、ダミアン浜田地獄皇太子中心に結成され(当初のバンド名は『は、は、は、は、浜田さんバンド』だった)、のちにダミアンの帰獄(いわゆる脱退)により、デーモン木暮を中心に動き始める。

1985年に、デビュー大経典『聖飢魔IIー悪魔が来たりてヘヴィメタる』を発布(いわゆる発表)。

翌86年、小経典『蝋人形の館』が大ヒット(オリコン12位)。

日本に、メタルブームを巻き起こす(『E・Z・O』や、『LOUDNESS』なども続いてブレイクしました)。

その後、メンバー脱退や新加入、再加入などを経て、1999年まで活動していたが、同年『地球征服宣言』を行い、デビューからの予定通り解散を発表。

その後は、デーモン木暮は相撲や政治でのコメンテーターなどで人気を博し、バンドの一時的な結成などを行なっている。

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ブリットポップの申し子

1980年代後半のイギリスは、アメリカのグランジというジャンルの音楽が流行していた。

しかし、イギリスではそれなりに当時流行っていたジャンルもありました。

それは、マンチェスター・サウンド(Manchester)というブームです。

人気のバンドは、ザ・ストーンローゼス、ハッピー・マンデーズ、インスパイラル・カーペツなどです。

ただ、それはあくまでもイギリス国内だけでブームとなったもので、世界的な爆発的なものとはなりませんでした。

その後、現れたのかブラー、スウェード、マニック・ストリート・プリーチャーズなどが現れ、ヨーロッパでも人気を博しました。

中でも一番、ブレイクしたのがノエルとリアムのギャラガー兄弟率いるOasis(オアシス)でしょう。

弟のリアムがリードボーカルで、兄ノエルはリードギターとバックボーカル。

もちろんノエルは、リードボーカルも行いました。

そんなオアシスは、1991年にマンチェスターで結成。

当時は、ノエルは加入していませんでしたが、ライブを見に行った時に、リアムに「俺がバンドを変えてやる。作曲も俺がやる」と、宣言して加入。

他のメンバーは、サイトギター、ポール・ “ボーンヘッド” ・アーサーズ、ベース、ポール・ “ギグジー” ・マッギーガン、ドラムス、トニー・マッキャロルでした。

1994年デビュー。デビューシングル『スーパーソニック』が、全英インディーズチャートで1位を獲得。総合チャートでも31位を記録しました。

ブレイクのきっかけは、3作目シングル『リブ・フォーエバー』が全英チャートで10位にランクインしたことです。

その後、同年にアルバム『オアシス(Definitely Maybe)』を発表。全英アルバムチャートで1位を獲得。全世界で800万枚を売り上げる大ヒットとなりました。

同年には、5枚目となるシングル『ホワットエバー』が、全英3位となり人気を確実なものとします。

この任期を完全に不動にしたのが、翌95年に発売された『モーニング・グローリー((What’s the Story) Morning Glory?)』です。

このアルバムが、全英でトータル20週に渡って1位を独占。全世界で、2500万枚のモンスターアルバムになります。シングルとしても『ワンダー・ウォール』が全英2位、『ドント・ルック・バック・イン・アンガー』が1位を獲得。

また、『ワンダー・ウォール』は全米でも8位にランクイン。グラミー賞にもノミネートされた、アルバムも全米4位まで上昇します。

翌年のブリットアウォードで賞を総なめします。

そして、1年半の期間を開け、『ドゥ・ユー・ノウ・ワット・アイ・ミーン?』をリードシングルとして発表。

全英1位を獲得しますが、その後発表された『ビー・ヒア・ナウ(Be Here Now)』が1位を獲得したものの、賛否両論となりました(因みに、全米2位を獲得しています)。

その後、メンバーチェンジを経て、バンド活動を継続していきましたが、2009年にノエルがバンドを脱退。

残ったメンバーは、リアムを中心に『ビーディー・アイ』を結成しますが、振るわずその後解散。

ノエルは、ソロプロジェクト『ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズ』を始動。

彼らの存在は、後々イギリスのバンドへ大きな影響を与えています。

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