元祖カナダのジンガーソングライター

前回、『ブライアン・アダムス』を紹介しましたが、カナダには先にブレイクしたジンガーがいます。『ニール・ヤング』です。

1945年、カナダ、オンタリオ州のトロントで生まれました。父はジャーナリストでスポーツ・ライターであり、母はドーターズ・オブ・ジ・アメリカン・レボリューションの会員だった。彼は、ロックンロール、ロカビリー、ドゥーワップ、カントリーなどの影響を受けます?さらに、エルヴィス・プレスリーを筆頭に、チャック・ベリー、ハンク・マーヴィン、リトル・リチャード、ファッツ・ドミノ、シャンテルズ、モノトーンズ、ロニー・セルフ、フリートウッズ、ジョニー・キャッシュ、ロイ・オービソンらから音楽的影響を受けました。やがてヤングはカナダのマニトバ大学に進学し、「4次元フォーク・クラブ」に入る。そのクラブにはジョニ・ミッチェルがいました。二人は「シュガー・マウンテン」などをいっしょに歌った。同曲に対するミッチェルのアンサー・ソングが「サークル・ゲーム」であります。ゲス・フーのランディ・バックマンとも知り合いました。ニールはマイナー・バーズというグループを組んだが、同バンドには後に大成功するリック・ジェームズも在籍していました。

1966年、スティーヴン・スティルスらとともにバッファロー・スプリングフィールドを結成しました。このグループは、同年に『クランシーは歌わない』でデビューし、成功を収めたが1968年5月に解散しましま。

1969年1月、ヤングはファースト・ソロ・アルバム『ニール・ヤング』を発表しました。同年、セカンド・アルバムのレコーディングのためにバックバンド結成を構想したヤングは、6人編成のバンドのザ・ロケッツからダニー・ウィットン(ギター)、ラルフ・モリーナ(ドラムス)、ビリー・タルボット(ベース)の3人を彼のバックバンドとして雇い入れ、クレイジー・ホースが結成されました。同年、クレイジー・ホースと共にセカンド・アルバム『ニール・ヤング・ウィズ・クレイジー・ホース(Everybody Knows This Is Nowhere)』(34位)を発表。

同年、クロスビー、スティルス&ナッシュに加入しまし、同グループはクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングへと発展しました。

1972年発売の4枚目のアルバム『ハーヴェスト』がアメリカ、イギリス、カナダで1位を記録した。同年、ダニー・ウィットンがヘロイン中毒のため死亡。クレイジー・ホースには新メンバーとしてギタリストのフランク・サンペドロが加入しました(なお、ニールとの活動とは別に、クレイジー・ホースとしてのアルバムも発表している)。

ゲフィン・レコードに移籍してからは、シンセサイザーやヴォコーダーを多用した『トランス』(1982年)、ロカビリーに特化した『エヴリバディズ・ロッキン』(1983年)といった異色作のリリースが続き、1983年にはゲフィン側が「ニール・ヤングらしくないアルバムばかり作っている」という理由でヤングを訴える事態となりました。それに対してヤングは、アーティストの自由を主張し、最終的にはゲフィン側がヤングに謝罪しました。そして、1987年の『ライフ』でゲフィンとの契約を満了し、古巣のリプリーズ・レコードに復帰しました。

ヤングはフォークやカントリー、ロカビリー、テクノ、グランジなど、発表作品ごとにバラエティに富んだアプローチをとることがありました。

ボーカルも個性的で、その鼻にかかったような弱々しい印象のハイトーンの声は、バラードには無垢な繊細さ、グランジ風の曲の際にはアナーキーな雰囲気をかもしています。ギタープレイは、テクニカルな側面は強くないが、歪ませた爆音を含むそのプレイは個性的なものです。また、武骨かつ繊細なアコースティック・ギターのプレイも「孤独な旅路」「ロッタ・ラヴ」などでお馴染みとなっています。

1995年にソロとして、1997年にはバッファロー・スプリングフィールドとして『ロックの殿堂』入りを果たしました。ただし、ヤングは1997年の授賞式に関しては、テレビと連動した手法に異議を唱えて出演拒否しました。

1990年の湾岸戦争の際には、コンサート会場でボブ・ディランの「風に吹かれて」を歌い、また2001年のアメリカ同時多発テロ直後には、放送が自粛されていたジョン・レノンの「イマジン」を敢えて歌いました。そしてイラク戦争後は、ブッシュ政権反対の姿勢を鮮明にします。

ミュージシャン達の交友範囲は、同世代から若手まで幅広い。ロックの殿堂の授賞式では、これまでジミ・ヘンドリックス、ポール・マッカートニー、プリテンダーズ、トム・ウェイツの4組のプレゼンターを務め、逆にニールのプレゼンターをパール・ジャムのエディ・ヴェダーが務めました。また、ニルヴァーナのカート・コバーンの自殺に深く心を痛めました(コバーンの遺書には、ニールの歌詞の一節が引用されていた)。

2021年には、クレイジーホース名義で『バーン』というアルバムを発表しています。



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元祖カナダのジンガーソングライター」への1件のフィードバック

  1. ニールはCSN&Y(Woodstock)からでしたが、友人がソロのAfterTheGoldRushとか好きで、今でもよくききます。カナダのアーチストを紹介されるのでしたら、同時代のゲスフー、バートンカミングスを忘れないでください。

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utamurakazuo への返信 コメントをキャンセル